神野神社

 

由 緒

 神野神社は伊予の御村別の子孫が讃岐に移り、この地を神野と呼び創祀したと伝えられている。また一説には、神櫛王の子孫、道麻呂が天穂日命を祀りこれを神野神社と呼んだとも言われている。その後天真名井に祀られていた水神(罔象女命)を池の神として合祀。また別雷神は矢原正久が池の東山に加茂神社として、池内を流れる金倉川

の流れを鎮めるため祀っていた神を合祀。嵯峨天皇は空海の招聘を感謝した里人達が

祀ったと言われている。

 この神社は朝廷よりの尊信も篤く、元慶五年には従五位下の位階をも授かり、延喜式内社讃岐国二十四社の一社に数えられいます。満濃池の守護神としての神野神社は池の再建、修築の度に造営され、昭和二十八年満濃池第三次嵩上げ工事の際、現在地に移築されましたが、平成十七年老朽化が進み幣殿、拝殿は神社氏子や地元有志者、水利関係者によって立派に改築されました。

祭神  天穂日命・嵯峨天皇・別雷神・罔象女命・大山祗命

境内社 松崎神社 松崎渋右衛門命・長谷川佐太郎命・軒原庄蔵

         和泉虎太郎・島田泰雄・西嶋八兵衛

奉献物 石鳥居 文明に年建立 香川県下では最古のものと言われている。

    石灯篭 文化元年建立 備中国倉敷 灘屋右郎右衛門奉献

    狛犬  嘉永六年建立